名古屋地方裁判所 昭和53年(ワ)1142号 判決 1980年3月28日
原告
石川桂子
ほか三名
被告
岐阜基礎建設有限会社
ほか一名
主文
一 被告らは、各自、原告石川桂子に対し金八六一万九、〇四七円、原告石川美由紀、同石川瑞穂に対し各金七四六万一、八九七円、原告石川マツエに対し金八七万五、〇〇〇円及び右各金員に対する昭和五三年五月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その一を原告らの負担とし、その余は被告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、各自、原告石川桂子に対し金一、〇六一万九、〇四七円、原告石川美由紀、同石川瑞穂に対し各金九四六万一、八九七円、原告石川マツヱに対し金一八七万五、〇〇〇円及び右各金員に対する昭和五三年五月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五〇年七月一一日午後七時ころ
(二) 場所 愛知県海部郡飛島新田字竹之郷八六九番地の四先道路上
(三) 加害車 普通貨物自動車(岐四四ふ五一二二号)
右運転者 馬渕藤男(以下「馬渕」と略称する。)
(四) 被害車 普通貨物自動車(名古屋一一す二七五四号)
右運転者 別城安雄
右同乗者 石川武名(以下「武名」と略称する。)
(五) 態様 被害車が走行中、対向車線を対面走行していた加害者がいきなり中央分離帯を乗りこえて正面衝突し、被害車に同乗中の武名は、肝破裂等の傷害を受け、同月一二日午後七時すぎ死亡した。
2 原告らの身分関係
原告石川桂子(以下「原告桂子」と略称する。その他の原告についても同様。)は武名の妻であり、原告美由紀、同瑞穂はいずれも武名の子であり、原告マツヱは武名の母である。
3 責任原因
(一) 被告岐阜基礎建設有限会社(以下「被告会社」という。)について
被告会社は、加害車を所有し、これを自己のために運行の用に供していた。
(二) 被告加野進(以下「被告加野」と略称する。)について
(1) 馬渕は、安全運転義務を怠つた過失により自車を中央分離帯を乗り越えて走行させ、本件事故をひき起こした。
(2) 馬渕は、本件事故当時、被告会社の従業員で、その事業の執行中、本件事故をひき起こした。
(3) 被告加野は、本件事故当時被告会社の代表者で、被告会社に代つてその事業を監督する者であつた。
4 損害
(一) 治療費(原告桂子分) 金一七五万七、一五〇円
武名は、受傷後死亡するまで治療を受けたが、その費用合計は金一七五万七、一五〇円に達し、原告桂子がこれを負担した。
(二) 逸失利益(原告桂子、同美由紀、同瑞穂分) 各金一、〇〇八万六、八九七円
武名は、事故当時、協和製作所に工員として勤務し、年間金二二一万〇、八〇一円の収入を得ていた者であるが、当時三三歳で、その就労可能年数は死亡時から三四年間と考えられる。その生活費は収入の三〇パーセントと見られるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると次式のとおり、金三、〇二六万〇、六九二円となる。
221万0801円×(1-0.3)×19.5538=3026万0692円
原告桂子、同美由紀、同瑞穂は、それぞれ、右金額の三分の一ずつ、すなわち金一、〇〇八万六、八九七円ずつこれを相続した。
(三) 慰藉料(原告桂子、同美由紀、同瑞穂分) 各金四〇〇万円
(原告マツヱ分) 金三〇〇万円
(四) 葬儀費用(原告桂子分) 金四〇万円
(五) 合計
(原告桂子分) 金一、六二四万四、〇四七円
(原告美由紀、同瑞穂分) 各金一、四〇八万六、八九七円
(原告マツヱ分)金三〇〇万円
5 損害の填補
原告らは、自賠責保険から合計金一、六〇〇万円の支払を受けたので、左のとおり、それぞれの損害額に対して充当する。
(原告桂子分) 金五六二万五、〇〇〇円
(原告美由紀、同瑞穂分)各金四六二万五、〇〇〇円
(原告マツヱ分) 金一一二万五、〇〇〇円
6 よつて、原告らは、被告ら各自に対し、原告桂子について金一、〇六一万九、〇四七円、原告美由紀、同瑞穂について各金九四六万一、八九七円、原告マツヱについて金一八七万五、〇〇〇円の本件事故による各損害金と右各金員に対する不法行為ののちである昭和五三年五月二一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実は認める。
3 同3の(一)の事実は認める。
同3の(二)の(1)の事実は否認する。(2)の事実及び(3)の事実のうち被告加野が本件事故当時被告会社の代表者であつた点は認めるが、その余の点は否認する。
4 同4の事実はいずれも知らない。
三 被告会社の抗弁
1 本件事故は、加害車の後続車が、同車を無理に追い越して、その進路上に急に車線変更してきたため、加害車が逃げ場を失つたため起きたもので、右のような安全運転義務を怠つた後続車運転者の過失により発生したものと言うことができ、かつ、馬渕には過失はなかつた。
2 本件事故当時、加害車には構造上の欠陥、機能の障害がなかつた。
四 右抗弁に対する認否
抗弁事実はいずれも否認する。
第三証拠〔略〕
理由
一 事故の発生
請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。
二 原告らの身分関係
請求原因2の事実は、当事者間に争いがない。
三 被告会社についての責任原因
請求原因3の(一)の事実は、当事者間に争いがない。
四 被告会社の抗弁について
1 いずれも成立について争いのない甲第五号証の一ないし二〇、第六号証の一ないし一三、第七号証の一、二、弁論の全趣旨により真正な成立を認めることのできる乙イ第一、第二号証、分離前共同被告馬渕藤男の本人尋問の結果に前記一の当事者間に争いのない事実を総合すれば、次の事実を認めることができる。
(一) 本件事故は、昭和五〇年七月一一日午後七時ころ、愛知県海部郡飛島新田字竹之郷八六九番地の四先の名四国道路上で発生した。
現場は、非市街地で、交通ひんぱんな見とおしのよい道路上であつた。ほぼ東西に延びる名四国道の南北各端は、約一・〇メートル幅の外側線となり、その間にはさまれた東進車線、西進車線は、ともに片側二車線で、それぞれ約七・〇メートルの幅員となつていた。その中央には幅約五〇センチメートル、高さ約二〇センチメートルのコンクリート製中央分離帯が設けられていたが、現場付近に約二四メートルにわたり開口部があつて、その部分のみは中央分離帯が設置されていなかつた。
現場付近において、最高速度を時速五〇キロメートルに制限し、転回、駐車をそれぞれ禁止する交通規制が施されていた。
現場付近の路面は舗装されて平たんであつたが、事故当時降雨のため湿潤であつた。
(二) 馬渕は、普通貨物自動車(岐四四ふ五一二二号、以下「甲車」という。)を運転して、名四国道西進車線の中央分離帯寄りの車線上を東から西に向けて時速約五〇キロメートルないしは五五キロメートルの速度で現場方向に向けて進行した。馬渕は、名四国道上を時おり走行し、その道路状況は知つていた。甲車の進路前方の同一車線上には走行車両はなかつたが、進路左斜め前方の外側線寄り車線上には黄色の大型貨物自動車(以下「乙車」という。)が走行し、四〇〇ないしは五〇〇メートルにわたり、甲車と乙車とは並行走行して現場付近にさしかかつた。
(三) 現場直前において、乙車は、あらかじめ方向指示器により合図をすることもなく、また警音器により警告を与えることもないまま、突如進路を右に変更して甲車の進路上に進行してきた。馬渕は、これを発見して驚き、乙車を避けるため前記の中央分離帯開口部の東端から約二二・五メートル東方の地点で急拠右に転把したが、制動措置は採らなかつた。その結果、甲車は中央分離帯の右開口部東端から約一五・一メートル東方の部分に接触し、そのまま右前輪を中央分離帯に擦過しながら数メートル進行したのち中央分離帯に乗り上げ、右開口部東端の部分付近から大きく右側に弧を描いて対向車線の東進車線上へ進み、右開口部東端から約一四・七メートル、開口部西端から約一〇メートルそれぞれ隔てた地点において、東進車線上を西から東へ向かつて対向進行してきた武名の同乗する普通貨物自動車(名古屋一一す二七五四号、以下「丙車」という。)と正面衝突した。
(四) 甲車の接触により、中央分離帯上には開口部東端部分から東方約六・七メートルの部分まで及び開口部東方約一一・一メートルの部分からその東方約四・〇メートルの部分までの二か所に擦過痕が印象された。
以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
2 右1における認定事実によれば、本件事故の主たる原因は、右後方を確認せず、何らの合図もないままいきなり進路変更をした乙車の運転者の過失にあると考えられるが、他方、甲車の運転者の馬渕が乙車の進路変更に気づいた際、たやすく転把のみの措置に頼らず、制動の措置を採つて同車を避譲していたならば、自車を中央分離帯に乗り上げ、対向車線上に進入させることもなかつたであろうと認められ、右制動の措置を全く採らなかつた馬渕にも過失があることは否定できない。
3 そうすると、その余の点について触れるまでもなく、被告会社の抗弁は理由がないから、被告会社は、自動車損害賠償保障法三条により、本件事故による原告らの損害を賠償する義務がある。
五 被告加野についての責任原因
1 馬渕に本件事故の発生について過失があることは、前記四の1及び2において検討したとおりである。
2 請求原因3の(二)の(2)の事実及び(3)の事実のうち被告加野が本件事故当時被告会社の代表者であつた点については当事者間に争いがない。
3 前掲乙イ第一号証、証人石田清太郎の証言、分離前共同被告馬渕藤男、被告加野進の各本人尋問の結果(但し、被告加野進の本人尋問の結果中後記採用しない部分を除く。)、右2の当事者間に争いがない事実に弁論の全趣旨を総合すれば次の事実を認めることができる。
(一) 被告会社は、昭和四六年七月資本金金八〇万円で設立された建築材料の販売、工作機械の据付工事等を目的とする有限会社で、昭和四八年九月に資本金を金一六〇万円に変更し、昭和四九年一月目的を一部追加的に変更したが、設立当時から取締役は被告加野ほか二名のままで、同被告は一貫して唯一人の代表取締役社長の地位にあつた。
(二) 馬渕は、昭和四七年、被告加野に観められ、同被告の採用判断のもとに、被告会社に雇傭された。
(三) 被告会社の本件事故当時の実際の営業内容は、コンクリートのパイル打ち作業の下請で、当時その従業員は十数名で、事務担当者三名のほかは作業現場での作業担当者であつた。
(四) 被告加野は、被告会社内部で常務と呼称される西川義信とともに、被告会社の対外的営業等業務の管理統括の事務を執つていた。
(五) 被告会社において受注した作業現場へ従業員を派遣する際、その従業員に対する作業の指示は、被告加野が被告会社営業所にいる場合にあつては被告加野が直接指示を下し被告加野が病気による入院等のため営業所にいない場合には、右西川が被告加野と連絡を取つてその指揮の下に指示を下していた。
(六) 馬渕は、本件事故当日、被告会社の作業を終えて被告会社従業員で同僚の石田清太郎を同乗させ、帰路途上で本件事故を起こしたものであるが、同日、馬渕に作業指示を与えたのは右西川であつたが、右石田に対する指示は被告加野によつてなされた。
以上の事実を認めることができ、被告加野進の本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠と対比して採用することができず、同尋問の結果により真正な成立を認めることのできる乙ロ第一ないし第四号証及び同尋問の結果により認めることのできる被告加野が昭和五〇年四月三日から同月一五日まで及び同月二二日から同年六月九日まで急性肝炎の症状により入院加療を受けていた事実並びに同被告が慢性肝炎の病名により同年九月一日以降通院加療を始め、同月二七日から同年一二月二二日まで入院加療を続けたとの事実によつては、右認定を覆すに足りず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
4 右3における認定事実によれば、被告加野は、客観的に見て、被告会社に代わり、現実に従業員を選任監督する地位にあつたということができる。
5 そうすると、被告加野は、民法七一五条二項により、本件事故による原告らの損害を賠償する義務がある。
六 損害
1 治療費 原告桂子分 金一七五万七、一五〇円
成立について争いのない甲第三号証、原告石川桂子の本人尋問の結果によれば、武名は、受傷後死亡に至るまで名古屋掖済会病院において治療を受け、合計金一七五万七、一五〇円の治療費を要したこと、右治療費は原告桂子において負担すべきものとされていることを認めることができる。
2 逸失利益 原告桂子、同美由紀、同瑞穂分 各金一、〇〇八万六、八九七円
原告石川桂子の本人尋問の結果真正な成立を認めることのできる甲第四号証、同尋問の結果によれば、武名は昭和一七年六月一日生で、本件事故当時、三三歳の健康な男子で、協和製作所に工員として勤務し、年間金二二一万〇、八〇一円の給料、賞与による収入を得ており、その収入により妻子を養つていたことが認められる。
右事実によれば、武名の就労可能年数は死亡時から三四年間で、生活費は収入の三〇パーセントと考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、次式のとおり金三、〇二六万〇、六九一円となる。
221万0801円×(1-0.3)×19.5538=3026万0692円
右金額を原告桂子、同美由紀、同瑞穂の各相続分に応じて分配すると、各金一、〇〇八万六、八九七円となる。
3 慰藉料 原告ら各自分 各金二〇〇万円
本件事故の態様、武名の事故から死亡に至る経過、武名及び原告らの年齢、親族関係、その他諸般の事情を考えあわせると、原告ら各自の慰藉料額はそれぞれ金二〇〇万円とするのが相当であると認められる。
4 葬儀費用 原告桂子分 金四〇万円
原告石川桂子の本人尋問の結果によれば、武名の葬儀費用として金四〇万円を下らない費用を要したこと、右葬儀費用は、原告桂子において負担すべきものとされていることを認めることができる。
5 合計
以上の損害額を合計すると原告らの損害の合計額は、原告桂子分が金一、四二四万四、〇四七円、原告美由紀、同瑞穂分が各金一、二〇八万六、八九七円、原告マツヱ分が金二〇〇万円となる。
七 損害の填補
請求原因5の事実は原告らにおいてこれを自認するから、前記四の5において検討した原告ら各自の損害額から原告ら各自について損害の填補された金額をそれぞれ減額すると、原告らの残損害額は原告桂子分が金八六一万九、〇四七円、原告美由紀同瑞穂分が各金七四六万一、八九七円、原告マツヱ分が金八七万五、〇〇〇円となる。
八 結論
以上のとおりであつて、原告らの本訴請求は、被告ら各自に対し、原告桂子について金八六一万九、〇四七円、原告美由紀、同瑞穂について各金七四六万一、八九七円、原告マツヱについて金八七万五、〇〇〇円の本件事故による各損害金と右各金員に対する不法行為ののちである昭和五三年五月二一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 成田喜達)